日経ビジネス 2012年1月31日(火)
安藤 毅
波乱必至の通常国会が幕を開けた。消費増税の関連法案は成立するのか、衆院解散・総選挙はあるのか――。永田町や霞が関界隈は、早くも緊迫した空気に包まれている。
ここにきて、混迷政局のキーマンに浮上してきたのが、「バッジ」を付けていない2人。橋下徹・大阪市長と石原慎太郎・東京都知事だ。
橋下氏が代表を務める地域政党「大阪維新の会」は、次期衆院選に全国規模で国政進出を狙う可能性を示唆。「橋下人気にあやかりたい」「敵に回したくない」といった思惑から、中央政界に乱気流を巻き起こしている。
一方の石原氏も、たちあがれ日本の平沼赳夫代表らが結成を目指す保守新党への参画が取りざたされる。
2人に共通するのが、国民の間での高い人気とリーダーシップへの期待だ。
例えば、産経新聞とFNNの合同世論調査では、「日本のリーダーとして最もふさわしい人は」との質問に対し、橋下氏が国会議員を差し置いて21.4%でトップ。2位は石原氏の9.6%だった。
「民主党は期待外れ、揚げ足取りの野党の自民党もダメ。投票したい政党や国会議員がない」という無党派層を中心に期待値が高まっている構図だ。
橋下氏、石原氏のうち、自身の国政進出へのハードルが低いのは石原氏のほうだろう。橋下氏は大阪市長に就任したばかりで、掲げる「大阪都」構想の道筋が付くまでは動きにくい。「少なくとも年内に総選挙があった場合は、橋下氏自らが出馬する可能性は低い」(自民党関係者)との見方が一般的だ。
これに対し、石原氏は既に都知事4期目。石原氏と近い議員や都庁幹部からは「本当は3期で辞めるつもりだっただけに、気力はだいぶ萎えている感じ。体調も万全とは言えないようだ」との声が漏れる。
石原氏も既に79歳。そろそろ政治家としてまとめの時期を迎えているのは間違いない。これまで、毎年のように保守結集の旗頭に、と「石原新党説」が浮かんでは消えていたが、今度はどうなのか。
「都知事の任期途中の辞職の可能性も公言しており、ラストチャンスとして国政進出・天下獲りを狙う可能性はある」。都選出の複数の国会議員はこうした見方を披歴する。
「息子を首相に」が石原氏の本音か
ただ、仮に石原氏が国政に舞い戻ったとしても、一気に宰相の座を手にするには次期総選挙で民主、自民両党が過半数を獲得できず、石原氏が参画する保守系新党と連立を組むケースなどに限られそうだ。
しかも、たちあがれ日本の平沼氏らは、石原氏も含む新党の早期結成を目指す構えだが、自民党幹部は「今は自民党で選挙をしたほうが有利と判断する議員が多いはず。民主党も選挙基盤が弱い比例選出組はともかく、離党する議員が大量に出るとも思えない。それほど大きなブームにはならないだろう」と読む。
それでは、次期衆院選をにらみ、石原氏と橋下氏が一緒に新党結成などに踏み切る展開はあるのだろうか。
石原氏は大阪市長選で橋下氏の応援に参上。橋下氏との会談では大阪都構想への支持や、橋下氏が掲げる教育基本条例案などの改革で足並みを揃える意向を伝える蜜月ぶりを演出してみせた。表面上、歩調を合わす2人の裏事情に詳しい自民党議員が解説する。
「石原さんの本音は、自分が、というより、自民党幹事長を務める息子の伸晃さんを首相にしたくてたまらないんだ。橋下さんにはできるだけ恩を売って、政界再編のタイミングで伸晃さんを首相にかついでくれ、ということだろう」
「伸晃さんが、盛んに総選挙後の再編に言及するのも、こうした文脈で考えれば分かりやすい。でも、橋下さんは利口だから、うまく立ち回って、石原さんの思惑通りには運ばないだろうね」
こうした見立てが正しいとすれば、早いタイミングでの「橋下・石原新党」も、「慎太郎首相」も、実現には高い壁があると言わざるを得ない。
橋下氏自身の国政転身は当面ないとしても、維新の会の国政進出によって、橋下氏が間接的に国政のキャスチングボートを握る展開はあるだろうか。
ここにきて、橋下氏と維新の会は大阪都構想に必要な地方自治法などの改正実現のため、与野党幹部と頻繁に接触し、距離を縮めている。同時に、「維新政治塾」に入塾希望者が殺到していることを背景に、全国的な候補者擁立をちらつかせる作戦を展開している。
こうした動きに関し、主役の橋下氏は「もう一度本年、勝負させてほしい」と維新の会の国政進出に意欲をのぞかせる。その一方で、「国政政党にお任せするのが大原則。なぜ僕らが(衆院選を)やらざるを得ないかという理由がないと、国民、有権者の皆さんは冷める」と慎重姿勢も崩していない。
今後の戦略に迷いがあるのか、各党の出方を瀬踏みしているのか。先日、自他ともに認める橋下氏のブレーンの1人から話を聞く機会があった。諸事情で名前を明かせないため、仮にA氏としておく。
このA氏の言葉を借りれば、維新の会の国政との関係の基本スタンスは「大阪都構想の実現が最優先課題。機能しない泥船を壊しはするが、泥船には乗らない」。
つまり、2015年4月からの実現を目指す大阪都構想に賛同するか、そのための法改正などを推進するかどうかを判断基準に各政党や議員を選別。賛同の輪を広げる努力をする一方、必要とあれば“刺客”として候補者を擁立し、「当選できなくとも、構想に反対する政党の議員や候補者を落選させる」(A氏)戦略を描いているという。
A氏はさらに、今年中に総選挙を実施したうえで、2015年までにもう一度、総選挙が行われることを期待していると話す。
「次の衆院選を経て、まずは、地方自治法改正などに道筋を付ける。次々回の衆院選までには一国多制度の実現に向け、税制改正などの要求リストを各政党や国会議員に突き付け、実現を迫る。そうすれば、大阪都構想の実現が近づく」
既存政党や国会議員は構想の実現に役に立つかどうかの視点からドライに判断し、硬軟織り交ぜながら対応する。大阪都構想への賛成と引き換えに、大阪で4小選挙区に候補者を擁立する公明党に協力する姿勢を示しているのはその典型だ。
最大のネックは資金
追い風に乗る橋下氏と維新の会だが、国政進出にあたっての最大のネックとなりそうなのが、資金面だ。
選挙実務に詳しい自民党関係者は「実際に全国で200〜300人も擁立しようとすれば、莫大な資金がいる。自前で資金を手当てできるような候補者を揃えるのはかなり難しいはずだ。現実的には、候補者擁立は、大阪では公明党の候補者が出馬する選挙区以外、そして、大阪以外の近畿圏、大都市に絞るのではないか」とみる。
そうなると、当選者は最大でも数10人程度と予想され、いきなり国政で第1党に躍り出るのは難しい。みんなの党などとの連携で一定の影響力を行使しながら、橋下氏自らが国政に参戦する可能性がある次々回以降の総選挙までどう国民の期待を繋ぎ止めていくかがカギとなりそうだ。
「客観情勢では、石原さんや橋下さんがすぐに首相に就くようなことは考えにくい。次の選挙で民主、自民のどちらが勝とうが、不人気首相が困難な政権運営を迫られるのは必至だ」。民主党のある現職大臣はこう漏らす。
裏を返せば、こうした混迷が続くほど、橋下氏や石原氏など国会議員以外の人材への期待が高まることになる。「橋下・石原」待望論の火は当面消えそうにない。