大阪ダブル選 住民投票とねじれ 現状打破、維新に託す 関心失い棄権も

毎日新聞 2015年11月23日 大阪朝刊

「大阪都構想」が今年5月の住民投票で否決されてから半年。都構想への再挑戦を掲げた大阪維新の会が知事選・市長選のダブル選で大勝した。知事は松井一郎さん(51)、新市長は吉村洋文(ひろふみ)さん(40)に決まり、大阪再生を願う有権者の思いを託された。当選記者会見の場には、大阪維新の象徴的な存在と言える橋下徹大阪市長の姿はなく、当選した2人が橋下改革の継承を訴えた。(1面参照)

 「子育て世代の負担を少しでも軽くしてくれると思い、吉村さんに入れた」

 大阪市平野区に住むパート女性(41)は府知事選、市長選ともに大阪維新の候補者に1票を投じた。半年前の住民投票では反対票を入れた。長年なじんだ「平野区」に愛着があり、名前がなくなることに抵抗があったからだ。

 小学3年の長男(9)と小学2年の長女(8)がおり、子育ての真っ最中。老人ホームで働く夫の給料は手取りで月21万円ほど。自身もパートで月5万円を稼ぐが、家計はいつもぎりぎり。長女が「ダンスを習いたい」と言った時も8000円の月謝のやりくりが厳しく、諦めさせた。

 そんな時、JR平野駅前で吉村さんの演説を聞いた。「3人の子持ち」と、自分の家庭の話に触れながら子育て政策を熱弁する姿に説得力と希望を感じた。「冷たい」「まずい」と不評な中学校給食も、子どもらが中学生になる頃には楽しみにできる給食にしてほしいと願う。今は都構想にも期待を持つ。「二重行政の無駄をなくし、子育てに予算を回してもらえるなら。高校の無償化も引き続き充実させてほしい」

 大阪市天王寺区の主婦(54)も住民投票では反対したが、今回は大阪維新の2人に入れた。「都構想は賛成派も反対派も全く逆のことを言っていて、今後がどうなるか分からず怖かった」と振り返る。だが、住民投票後に何も変わらないことに不満を感じ、「自民党では駄目」と思った。「橋下さんは急ぎ過ぎた。吉村さんは反対している人の話もよく聞き、政策を進めてほしい」と注文を付けた。

 大阪市平野区の会社社長の男性(47)は住民投票で賛成し、今回も大阪維新の2人に投票。橋下氏が進めた授業料無償化のお陰もあり、娘を気兼ねなく私立高校に通わせることができた。娘は推薦で大学へ進んだ。「都構想でどうなるかは分からないが、現状維持よりは良いと思った」

 一方、住民投票に行ったが、今回のダブル選は棄権したという有権者も。大阪市北区の会社員、浅井理沙さん(31)はメリット、デメリットがよく分からず、反対票を投じた。その後設置された大阪会議も議論が進まずがっかりした。結果として、今回のダブル選は「関心がなくなったので忘れていた」。

 同区の自営業の男性(48)も住民投票には行ったが、今回は棄権。「都構想は進め方が急でよく分からないので反対。あれから半年しかたっていないのに、また同じ争点で投票を繰り返してもしょうがない」と冷静に話した。【大沢瑞季、戸上文恵、宮本翔平】


市長選 投票率低調50・51%

 大阪府知事選と大阪市長選の投票率はそれぞれ45・47%、50・51%となり、2011年の前回ダブル選と比べ知事選が7・41ポイント、市長選が10・41ポイント下がった。都構想の是非を問う今年5月の大阪市民による住民投票では66・83%だった。

 前回ダブル選は、橋下氏が知事を辞職して市長選に出馬。都構想が最大の争点となり、市長選の投票率は40年ぶりに60%を超えた。橋下氏が市長を辞して臨んだ14年の出直し選は、23・59%で過去最低。知事選の投票率は、04年に過去最低の40・49%を記録していた。

 毎日新聞は22日のダブル選で出口調査を行い、都構想の住民投票では賛成と反対のどちらに票を投じたか尋ねた。住民投票では反対(70万5585票)が賛成(69万4844票)を上回ったが、出口調査では反対票を投じたと答えた人は42%にとどまった。住民投票で反対した人が市長選には足を運ばなかった可能性がある。

 さらに「反対票を投じた」と答えた人のうち12%は大阪維新公認の吉村氏に投票したと回答。自民市議の一人は「住民投票で都構想に反対した人を(柳本氏支持に)引っ張ってこられなかった」と悔やんだ。【戸上文恵】


吉村氏「府市一体で」

 「明るい大阪、発展する大阪を実現したい。松井知事とともに府市一体となって進めたい」

 吉村さんは22日午後8時半ごろ、大阪市北区のホテルの記者会見場に松井さんとともに現れた。知事と市長の一体感を改めてアピールしたが、橋下氏の姿はなかった。

 会見では橋下氏が出席していないことについての質問も出た。松井さんは「当選会見だから、民意を得た当人が会見すべきだと思う」と発言。吉村さんは「逆に(橋下氏が)いる方が不自然ではないか。僕と知事でするのが暗黙の了解と言うか、決まっていた」とかわした。

 吉村さんは2011年、大阪維新公認で大阪市議選に初当選。都構想の設計図作りを任されるなど、橋下氏の思いを体現できる数少ない一人とされるが、知名度不足も指摘されていた。吉村さんは「無名のハンディがあったが、(私には)『橋下改革』が染みついている。プレッシャーをはねのければ道が開けるのではないかと思って、選挙を戦ってきた」と振り返った。

 一度否決された都構想については、「住民投票の結果は重く受け止めているが、今の大阪会議は機能していない。(都構想の)案を修正するための議論を続けたい」と改めて意欲を見せた。

 「僕がやった破壊的な改革を吉村さんに修復、再構築、創造してもらう。これが維新の第2ステージだ」と、選挙前に話していた橋下氏。会見前、「より良い大阪をつくっていくため、今からがスタートです」と吉村さんに声をかけたという。

 今回のダブル選は「負ければ維新は消滅」と橋下氏が位置づけていたが、大阪維新は土俵際で踏みとどまり底力を見せつけた。「橋下、松井で一緒にやってきた府市一体となった成長戦略と改革を、吉村新市長とともに継続したい」。松井さんは、淡々と語り続けた。【念佛明奈、松井聡】


橋下氏、会見姿見せず

 橋下氏は記者会見に姿を見せなかったが、関係者によると、会場となったホテルにいた。午後8時にテレビのテロップで当選確実の一報が流れた後、大阪維新の所属議員ら約100人が待機する部屋に松井、吉村両氏とともに現れ、万歳で「2勝」を祝った。会見が始まった午後8時半ごろには帰宅したという。

 橋下氏は市長選について、「僕だったら当選できなかった。吉村さんは素晴らしい」と称賛。「こんな僕についてきてくれて、(知事時代からの)8年間ありがとうございました」と政界引退を意識したあいさつをした。

 別の関係者は「橋下氏は当初から会見に出る予定はなく、会場に行くこと自体もやめようとしていた。(会見に出て)『院政を敷いている』と言われるのを警戒したのでは」と話した。【熊谷豪】


「2方面作戦」で橋下氏フル回転 大阪市長選

 橋下氏は今回、候補者並みに活動した。知事選告示以降の17日間で「公務なし」は15日間。大阪市内全域を走り回り、街頭で支持を呼び掛けた。毎日続けた演説回数は110回(大阪維新発表ベース)を超え、吉村さん(約140回)に迫る勢いだった。

 都構想再挑戦の絶対条件である「2勝」に向け、最大の関門になるとみられた市長選。維新が取った戦略は2方面作戦だった。抜群の集客力を誇る橋下氏は主に単独行動で浮動票集めに徹し、松井さんは活動の大半を市内に割いて吉村さんとペアで動き、「相棒」を売り込んだ。反発も予想される都構想再挑戦について、口をつぐむ候補者2人の主張を代弁したのも橋下氏だ。

 選挙戦中盤でのリードが報じられると、所属議員に「ラストの直線、フルスロットルで」とメールを送ってむちを入れた。

 住民投票では市南部を中心に13区で敗れた大阪維新。半年前に苦杯をなめた区を、オセロゲームのように次々とひっくり返した。【念佛明奈】