長屋の熊さん、仕事を終わって、うちへ帰って、さあこれから風呂へでも行ってこよう、ってところへ、カミサンが帰ってきた。
「ちょいとお前さん、北のほうは大変なんだってよ。」
「なんでぇ、そりゃ?」
「ほら、この前おおきな地震があっただろ。あれでもって、岩手や宮城、福島あたりじゃ、地震と津波でさ、人は死ぬわ、家は流されるわ、もうすごいんだって。」
「そいつは気の毒だな。何だってそんなことになっちまったんだろう。」
「さあね。東京の知事のイシハラさんがいうことなんだけどね。テンバツなんだって。」
「なんでぇ、そのテンバツってのは?」
「テンバツってえのはね、漢字で書けば、天気の天に罰金の罰。天の神様が、悪い人に罰をあたえてこらしめるってのよ。」
「なんだって?じゃあ、死んじゃった人とか、家をなくしちゃった人とかなんか悪いことしたってのか?」
「さあねぇ。そんなことないとおもうけどねぇ。でも知事さんがそういうんだから。」
「そんな馬鹿な話ってあるかい。何にもしてないのに殺されたりしちまったらかなわねえやい。
自慢じゃねえが、オレはろくでもねえやつだ。俺が殺されるんなら、まあがまんしてもいいがオレより立派な人はそこいらじゅういくらでもいらあ。そういう人をころしてどうするんでぃ。この馬鹿、
トンチキ、すっとこどっこい、オカメ!」
「なに怒ってんのさ。あたしに怒ったってしょうがないでしょ。あたしがやったんじやないんだから、あたしに文句言ったってダメよ。文句あるなら天の神様にでも文句をお言いよ。」
「わかった、じゃあ今から文句をいいに言ってくる。」
「お前さん、何いってんのさ。天国なんて簡単にいけないよ。遠く遠くの空のむこうだよ。雲の上のまた上だってのにさ。人がいけるのは死んだときだけだよ。」
「うるせいやい。行くってったら行くんだ。つべこべ言うな。死にゃあいいんだろう、死にゃあ。」
「あれ、お前さん、何すんのさ、包丁なんか持ち出して。およしよ、およしったら。けがするよ。
あ、馬鹿。だれかぁー。助けてぇー。うちの宿六がぁー。」
ってんで、長屋は大騒ぎ・・・。
熊さんが目を覚まします。
「あれ、ここはどこだろう・・・。なんかもやもやしてて良く見えない・・・雲の上かな・・・なんかふわふわしてて・・・地震でもあったら家が倒れちゃう・・・。すこうし向こうが見えてきた・・・家がないよ・・・まあ、建てられないだろうな・・・店もないな・・・当たり前か・・・屋台もないよ・・・ってえことは酒も飲めないか・・・。
なんか夢でも見てるのかな。(ほっぺたをつねって)いて!夢じゃないよ。・・・えれえ所へきちゃった・・・。
ああ、死んじまったんだ・・・。えれことになっちゃった・・・オラは死んじまっただ・・・天国よいとこ一度はおいで・・・(首をかしげる)・・・なんかちょっと違うな・・・。あんまりよいとこっていう感じじゃないね・・・。もしかしてここは地獄かな・・・。それ程ひどくはないね・・・。
でも、誰もいないよ・・・。おーい、誰かいるかぁ・・・・・・返事がないよ・・・。誰かいませんかぁ・・・・・・・どなたかいらっしゃいませんかぁ〜。いたら返事をしてくださぁぁい。・・・・・・
あーあ、しまったな・・・。カカアもガキもおいてきちゃった・・・。まあ、つれてこようったてうちのやつはくるわけないしな。あなただけお先にどうぞ、かなんかいわれちゃって・・・。ガキはは死なすのはかわいそうだしな・・・。
だいたい、神様に会えないんじゃ何のために死んだかわからない・・・。文句をいうつもりだったんだけど、神様ってのは怖いのかな・・・。いやだよ、神に逆らう不届きもの、死罪に処す、なんてことになっちゃったらどうしよう・・・。」
そうこうしておりますうちに、むこうのほうが気のせいか明るくなったようで、なにやら、人のようなそうでないようなものが、見えるような見えないような・・・。
「あれっ、なんだろう・・・。ひょっとして神様・・・。ああよかった。神様ぁ・・・はやくきてくださいよぉ・・・。おっ、だんだん近くなってくるよ。やっぱり神様だよ、きっと・・・。うれしいね。いよっ、待ってました、よっ大統領っ!」
と言ったとたんに、雷がドッカーン
「バカモン!ワシは大統領ではない!」ドッカーン
「桑原くわばら」ドッカーン!
「ワシは菅原道真ではない!」ドッカーン!
「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」ドッカーン!
「ワシは阿弥陀仏ではない!」ドッカーン!
「ひぇ〜!」ドッカーン!
「神をも恐れぬ不届きものめ!」ドッカーン!
「ひぇ〜!助けてくれぇー、ごめんなさいー、あっしがわるかったぁ。死罪に処すってのだけはかんべんしてください」
「おっちょこちょい!お前はもう死んでいる。」
「あ、そうだった!」
「大体お前が天国にいけると思うのが間違いだ。」
「えっ!それじゃあ、あっしは地獄へ行くんで?」
「いいや、まだお前の本来の寿命が残っている。それに、自殺してまでワシに文句をいおうという度胸と優しい心根に免じてこのまま生かして返す。お前の妻子もこのままではかわいそうじゃ。」
「そうすか・・・。ありがてぇ。・・・粋な計らいだね・・・。神様ってのは、ものすごく怖いかと思ってたんだが、そうじゃないね・・・。悪い人じゃあないね・・・」
ガラガラガラ・・・「ワシは人じゃあない」
「わあっ・・・・・・でも、人情あるよ・・・」
ゴロゴロゴロ・・・
「人情じゃないか・・・。なんか、この神様、言葉にうるさいね、言葉尻を捕らえてガラガラゴロゴロってさ。文脈からその真意を汲み取ってもらいたいね。」
ガラゴロガラゴロガラゴロ
「イシハラ支持派のようなことをいうでない」
「わ、わかりましたよ、そんなに怒らなくたっていいじゃないですか・・・。」
「はじめに言葉ありき。言葉は神とともにありき。言葉を粗末にあつかうでない。」
「へぇ、わかりやした。・・・。まあとにかく、罪もない人が、死んじゃったり、家をなくしちゃったりしたんで、神様ってのはとんでもないやつかと思ったんだけど、そうじゃあないね・・・。
じゃあ、あの地震は天罰なんかじゃなかったんだ。おれもそそっかしいね。神様、疑って悪かった、ごめんなさい。許して。」
「いや、あれは天罰だ。」
「じゃあいったい誰がわるいんで?」
「オザワという政治家がわるい。」
「でも、オザワ以外の人がしんでますぜ?」
「そうなんだが、政治家の悪はおおきいから、テンバツも大きくなって、民も巻き添えになってしまう。地震はワシでもコントロールがむずかしくての。
それに、オザワを選挙で選んだのは岩手県民だからの。責任まったくないとはいえまい。巻き添えになった人たちは気の毒だが、そのかわり、お前たちがあの世と言っているこの世では、いい暮らしをさせてやろう。」
「そうすか・・・。あの世がこの世でっと、この世があの世か・・・ややこしいね・・・。
ええっと、悪い政治家に天罰が下るって・・・ああ、それじゃあ新潟の地震は、あの・・・。」
「そうじゃ、タナカカクエイが悪者だ。」
「神戸は?」
「神の世界にも政権交代がある。長期政権になるとろくなことはないから、交替するんじゃ。」
「はあ、そういうもんですか。で、神戸とどういうかかわりがあるんで?」
「あれば前任のやったことで、詳しい引継ぎがなかった。」
「なるほど。・・・うまく逃げやがったな・・・。」
ガラガラ
「聞こえちゃったか、今の発言撤回します。」
「イシハラなみじゃな」
「そんな、失礼な!いくら神様だってひどすぎますぜ!」
「いや、今のは冗談じゃ」
「冗談ね・・・まあいいでしょう・・・あっしはそんなにしつこくないから、どうしても発言撤回しろとは申しません。心が広いからね。まあ、許してあげましょう・・・。
何だっけ、神様の政権交代だっけ・・・神戸は知らないと・・・うーん最近の地震では、と・・・じゃあニュージーランドは?」
「落語の世界では、キリスト教やイスラム教とちがってな。神は一人ではない。ニュージーランドは別の神の管轄でな。ワシはしらんのじゃ。」
「そんなもんですかねぇ・・・。神様もあんまりえらくないねぇ・・・。」
ゴロ・・
「あれ、音がだんだん小さくなってきた。」
「もうエネルギーがない。」
「なんだい、情けないね・・・。外国はダメか・・・。じゃあ、日本のことをお聞きしますがね、次の地震はどうなりますんで。」
「次は東京じゃな。イシハラというやつがいる。
今回のテンバツ発言じゃが、少しでも被災者のことが頭にあれば、地震がテンバツだなどと、いえるわけがない。他人のことを思いやる心がない。あれは強い男のイメージで売れたんじゃが、『強くなければ生きていけない、やさしくなければ生きる資格がない』。あれは政治家として生きる資格がない。
その点、お前は馬鹿でおっちょこちょいだが、心は優しい。人としては石原よりお前のほうがずっと偉い。」
「なんだかほめられたような、けなされたような・・・。」
「まきぞえになる民は、気の毒だが、選挙でイシハラをえらんだのは、彼らだからな。それが民主主義じゃ。」
「ひゃー大変だ。それじゃ、もううちへはかえれませんな。このままここに住まわせてくれませんか。カカアとガキも呼び寄せますから。」
「馬鹿なことを言ってはいけない。帰ったらどこへでも引っ越せばよかろう。」
「そうすか・・・。じゃあそうしますか・・・。
でもね、うちの長屋の連中、向こう三軒両どなり、あいつらどうします?そんなね、立派なやつはいませんけどね、いいやつらですぜ?テンバツの巻き添えはかわいそうですぜ。」
「お前が帰って皆に話すが良い。石原に天罰が下る、早く逃げ出せと。お前をこのまま帰すのは、そのためでもある。ワシの使いをせよ。」
「なあるほど。みんなに話しちまっていいんですかい?ま、そんならいいや・・・。
いやまてよ、ねえ、神様、隣のばあさんは寝たっきりですぜ。逃げられませんよ。それにね、あすこに住んでるから仕事があって、銭が稼げるんだが、よそへ行ったらおまんまのくいあげだい、引越しゃできねえ、ってやつもいて、うまくいかねえんじゃねえかと思うんですが。」
「たしかにイシハラは都知事じゃから、国政レベルの悪人ではない。巻き添えの民も気の毒だ・・・。
では、こうしよう。イシハラに都知事をやめさせよ。そうすればテンバツもいくらか軽くしてもよい。神にも情けというものがある。」
「わかりやした。ちかぢか選挙があるってえますから、みんなイシハラに投票するなって、言えばいいんですね。」
「選挙はもう終わった。イシハラが再選されておる。」
「あれっ?すんじゃいました?あっしそんなに長く眠ってたんですかね?」
「いや、ここは時のたつのが早いんじゃ。だから急いで行け。」
「そうすか・・・でも、まあ、オレはそんなにえらくないからな・・・、誰もいうこと聞いちゃくれないかもな・・・日ごろの行いが悪かったからな。」
「何をごちゃごちゃ言っておる。さあ、早く行け。言ってその地の民に告げよ!」
「わ、わかりましたよ。行きますよ、行けばいいんでしょう・・・。
えーっと、帰ってから、まずは、みんなにイシハラテンバツの話をしてと、それから引越しの用意をしてと・・・用意するってほどのこともないか・・・うちには何にもないからな・・・じゃ、まあ親方なんかに挨拶をしてと・・・で・・・。
ねえ、神様ぁ、ちょっと待ってくださいよぉ、引っ越した先でまた地震てなことになればおんなじじゃあないですか。東京の次はどこなんです?」
「しばらくは大きなのはないな。」
「悪い政治家がいないんで?」
「いいや、わるいのはいる。だが、良いも悪いも大物がいない。」
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