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一方、柳本陣営はどうしたのでしょうか。
<…維新側は寧ろ「再び都構想を」というフレーズを封印していた印象がある。 逆に、我サイドが、維新側の根底にある「再び都構想を」の流れに危機意識を持つが故に「都構想」という言葉を中身の説明をせずに連呼してしまった…>。
都構想反対を言うのはいいが、言うなら都構想の中身を説明しつついうべきだった。そうしなかったため、<…結果的に、「都構想=変える」の嘗ての橋下市長のイメージ戦略の土俵にのってしまう事になっていた。>橋下センセイの作ったイメージのほうが定着してしまった。
都構想は表向きは争点だったが、実際に橋下維新が主張したのは「変えるのか・変えないのか」「過去に戻すか。前に進めるのか。」だった、ということでしょう。
敵は大阪都構想にあり、と思ってそこを攻撃したら、そこにはいなくて、4年前の場所「変えるのか、変えないのか」まで後退して守っていた、とでもいえるのでしょうか。
橋下センセイお得意の「論点ずらし」が選挙戦中堂々とおこなわれ、アンチ橋下陣営がまんまと引っかかってしまった、ということでしょうか。
「論点ずらし」ではなく「争点ずらし」ですね。
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