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石原慎太郎と核兵器

核兵器保有論について。石原慎太郎いわく、

2011年2月18日の記者会見にて、

「日本は非核三原則というばかなことをやった」
「(日本が)核を持とうと思ったら持てることを高いレベルで議論することは当たり前」
「私はもともと核の保有論者」
「(核の不拡散を訴える)国連なんてものはこれっぽっちも信用できない」
「日本は1年以内に核兵器を製造することができ、世界に強いメッセージを伝えることができる」
「われわれの敵である中国、北朝鮮、ロシアは核兵器を持っている。同じ状況に置かれた国が世界にほかにあるか?」

少し順序をかえて言い換えますと「核兵器を持った敵が日本の周りにある。核不拡散については国連も信用できない。したがって他国が核兵器を持つのなら、日本も核兵器を保有すべきだ。日本は核兵器開発の能力もある。核兵器を持てば、世界に『強いメッセージを伝えることが出来る。』」ということになるんでしょう。

日本の核保有についてはこのとおりですが、北朝鮮の核保有については、どうでしょう?

2009年4月8日、東京五輪招致をテーマにした講演を行った都内の日本外国特派員協会で、北朝鮮の「ミサイル」発射について問われて、

「仮にこの世界の中で(ミサイルを)いったいどこに落とすんですか?落とした瞬間、世界中から報復を受けて滅びますよ。世界全体の外交が全体に未熟、ポーカーのワイルドカードのように、核を使うということは旧態依然として未成熟です。持っていることが大きなブラフになるということは、たいへん滑稽な現象だと思いますね」

はて、石原慎太郎氏は、日本は核を保有することで、「世界に強いメッセージをつたえることができる」といっていますが、これは北朝鮮の「ブラフ」とどう違うのでしょう?

2009年5月26日、北朝鮮の地下核実験に対して発表したコメントで、

「平和と安全の実現に努力する我が国に対しての重大な挑戦であり、この暴挙に厳重に抗議する。日本を含む北東アジアの安定を損なうばかりか、国際秩序を根底から覆すものであり、断じて容認できない」

北朝鮮の核実験はいけないということはわかりますが、日本が核開発をする場合、核実験はやらないのかしら?

ずいぶん、身勝手な議論だとおもいませんか?

ところで、石原慎太郎はこうも言っています。

2010年8月6日、定例記者会見で、

「アメリカやロシアのような核をたくさん持っている国が、『自分たちも少しは減らすけど、お前たち持つな』という言い分も、非常に勝手」


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