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2011年3月14日、蓮舫節電啓発担当相との会談後に、
「我欲に縛られて政治もポピュリズムでやっている。」これは天罰発言に絡んで述べられたもの。
「ポピュリズム」はいろいろな意味を持ちますが、ここでは「大衆迎合主義」「衆愚政治」という否定的な意味で使われているのでしょう。
慎太郎が他人を批判して言った言葉が、そのまま彼自身への批判に使える、と言う例をいくつか挙げましたが、この「ポピュリズム」も同様。ポピュリズムこそは、彼の政治の本質ではないでしょうか。
そもそも彼の政治的主張が、人々の本能的なものに根ざしている、ということはすでに述べたとおりです(「慎太郎と論理」)。つまり、出発点からして、大衆に受け入れられやすい、という性質をもっています。ただし、彼自身は世間への反抗だと思っているかもしれませんが。
参議院議員に立候補した時の「成人年齢引き下げ」公約、都知事選第一期目の、「首都機能移転反対」公約も、どうやら人気取りの政策らしい、ということはすでに述べました。(「慎太郎の昔といま」)。
同じく第一期目の公約の「横田基地返還」もあやしい。のちに米国を訪問してこれを訴えたときには、「国と国との問題」とあっさりいなされて、その後は音沙汰なし。あまり進展はないようですね。
「横田基地返還」を云々するなら、もう一方で沖縄の基地の問題もとりあげていいんじゃないですか?横田は返せ、沖縄はそのままでいい、というなら、都民に対する人気取り公約だと疑われてもしかたがないですね。それとも、日本における米軍基地の配置全般から考えて、横田は返せ、沖縄そのまま、という結論になるのですかね。
銀行に対する外形標準課税。これは当時の大銀行バッシングの風潮に乗って大衆受けを目論んだものでしょう。いかにも唐突で無理があったため、銀行に訴えられ、事実上の敗訴になりました。
東京マラソン、これは当たりました。結構なことです。ジョギング・マラソンブームにうまく乗りました。まあ、走るのが好きでない隠居としてはどうでもいいんですが、空気の良くない(とはいえ、当日は交通規制をするから、普段よりはましか?)都心を走る気にはなれません。わざわざ大幅な交通規制をして、普通の市民の迷惑になるようなイベントをやるべきですかね。
さて、ここまで書いてきて思ったのは、これらの政策が「ポピュリズム」の結果である、と断定するのは難しい、ということです。疑わしい、とは思いますが。
なぜ疑わしいか、というと、前言を翻す、とか、政策に無理がある、というような不自然なところがあるからです。なぜそんなことをするのか、と考えると「大衆迎合」のためではないか、と思われるのです。
疑ったついでに、もう少しこのテーマでお話ししましょう。本日はこれまで。
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